読書とはなにか。読書について考えてみよう!

みなさんは読書が好きですか?

もちろん読書が好きであれば、おそらく一心不乱に今も読書をされていることでしょう。

しかし、「読書が嫌い」「好きだけど、時間がなくなった」など、さまざまな原因で読書ができない方もたくさんいらっしゃると思います。

このブログでは、読書についていろいろと考えています。この記事では、まずは「読書とはなにか」をご紹介します。読書の正体を知ることで、読書に対して身構えることがなくなり、気が楽になりますよ!

 

そもそも、「読書」ってなんだ?


かんたんに「読書」って言いますが、そういえば読書の方法を習ったという方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。

学校で習ったことがある? 母親から習った? 友達から習った?

ほとんどの人は、「習ったことがある」なんて経験はないと思います。

実は、日本の学校では読書について習うことはありません。ほとんどの人は、国語の時間に図書館の使い方を習い、「読書週間」でたくさんの本を読めと言われたのを覚えていると思います。日本人はこれを読書教育だと思っています

当然ですが、そんな習うより慣れろみたいな読書教育で読書ができるようになるわけがありません

なぜこれが日本の小中学校でまかり通っているかというと、ぶっちゃけて言えば多くの学校の先生もほとんど本を読まないから、といえます。

考えてみると、昨今の学校の先生というのはものすごく多忙です。しかも勤務時間が管理されておらず、残業代もつかないのに、ただ子どもたちのためにという思いだけで日々授業の準備に追われています。

そんな先生たちには頭が下がるばかりですが、そんな状態で本を読めるわけがないですよね。

ですので、そもそもほとんどの日本人は読書をする大人なんてものをみたことがありません。だから、読書の方法を「習うより慣れろ」と言われても、無理があるわけです。

そうすると、当然生まれる疑問があります。「読書は習うようなものなのか」ということです。さらにいえば、「読書ってなんなの?」という問いも出てきます。

ここで先に答えをお示しします。読書とは、あなたの人生をよくするための道具(ツール)なのです

 

読書とは道具である。アメリカでは読書を習っている!


アメリカの大学生は、何百冊も本を読む
アメリカの大学生は、何百冊も本を読む

ここで、アメリカの事例をご紹介します。アメリカの民主主義の歴史は公共図書館から始まった、とも言えます。市民が自由に本を読み、知識を得ることで、民主主義の根幹ができあがったのです。

図書館先進国でもあるアメリカですが、学校では読書の方法といってもいいものを習います。それは、調べ学習やディベートです。

アメリカでは、小学校レベルから、とにかく本を読ませようとします。たとえばワンテーマを与えて(初代大統領がどんな人物だったか、など)、まずは図書館へ行かせます。

そこで読んで調べたことを、みんなの前で発表させます。これは、ただ流し読みしただけではできるわけがありません。ちゃんと内容を理解していないともちろんできません。さらに、ただ発表するだけでなく、クイズを作ったり、年表を作ったりするなど、あの手この手で深い読解を求められます。

さらにハイレベルになると、それを元にディベートが行われます。調べてきた知識を整理し、伝え、意見を述べる道具にする。これが小学校から大学まで一貫して行われます。

よく、アメリカの大学は「入るのが簡単だが出るのが難しい」などと言われます。それもそのとおりで、アメリカの大学の卒業論文は何百冊と本を読み込んで書くのが一般的だからです。こうして、アメリカでは教育段階で読書を使えるツールに仕上げることが行われています。

これこそが、読書教育なのです。アメリカでは、「読書とは道具である」ということをちゃんと意識して、読書を自分で使えるものにする教育が行われています。

 

 

読書は道具、だからこそ使いこなす必要がある!


読書は道具。使いこなそう!
読書は道具。使いこなそう!

残念ながら、われわれ日本人は読書を習うという機会がありませんでした。

しかし、幸いにも、読書はいつから始めてもできるようになります

せっかくここまでお読みいただいたので、まずは自分の中で「読書とはなにか」を考えてみてください。

そして、「読書は道具」という言葉も考えてみてください。本好きでない方であっても、読書は一生使えるツールなのです。誰でも使えるツールなのですから、使わない手はないですよね。

投稿者: 森野

図書館で司書をしています

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