【感想】「フランス現代思想史」岡本裕一郎

再来週あたりにビブリオバトルをやる予定です。某書店組合のイベントなので売るのが目的というのもあるのですが、2ヶ月も前からなにを読むか教えてくれと言われたので、とりあえず「読んでいない本について堂々と語る本」という本をおススメする予定にしました。この本についてはまぁ名著すぎてぼくが紹介するまでもないのですが、この本の著者のピエール・バイヤールという人は文学の本ばかり書いてるくせに、肩書きは「精神分析家」となっています。精神分析といえばフロイトですが、バイヤールはフランス人なのでラカンが思い浮かぶわけで、そうすると避けて通れないのが構造主義についての概観的な知識になってくるわけです。

ぼくは今年30歳になったばかりで、往年のニューアカであるとか日本の思想界への構造主義の影響というのはもう文字で追うことしかできないのですが、最近それを書いていたのが橘玲の「「読まなくてもいい本」の読書案内」という本の冒頭でした。ここではドゥルーズ・ガタリの「リゾーム」の翻訳が出た時のことが書かれていて、大学生協まで走って買いに行くほど大騒ぎをしつつも内容がさっぱり理解できなかったそうです。
ここで橘玲はフランス現代思想家を「ロックスターだった」と表現していますが、このロックスターの感覚というのはなんとなく理解できます。高校生のときにわけもわからずバタイユを手に取って教室で読むみたいな経験をしているぼくみたいな人はとても共感するわけです。そんなわけで、構造主義なんてのはファッション感覚で読まれていたものくらいの理解しかしてなかったのですが、さすがにそんなわけないやろと思い直して、というよりはビブリオバトルのネタ作りのために本書を手に取りました。

冒頭あたりにフランス現代思想を通覧した本はあまりないというようなことが書かれていたのですが、これは本当で、たとえば構造主義についてはジャン・ピアジェのものがあったり、ビッグネームの思想家の伝記は決定版があるのですが、なぜかこれらを体系的かつ入門的に語った(日本語の)本がないのです。まぁ、80年代のものはあるのですが、ニューアカの影響がまだある時期に書かれた本はさすがに自分に参考にならんだろうと思いますし、ド素人が現代的な視点でフランス現代思想を読みたいなーと思った時に本書は(現時点での)ベストチョイスになると思います。
内容については新書ということもあって、ものすごい勢いで展開されているような気がします。たぶんこれらの思想が全盛期だったときに学生だった人にはかゆいところに手が届かないのではないかなというような気がします。しかし、そんな時代からだいぶ離れて2000年以降に学生になった立場からみると、割と伝記物のような気持ちで読めておもしろかったりします。
しかも、伝記物というだけではなく、思想家たちの残した問題がいまだに解決できていないという事実にも気付かされます。われわれはドゥルーズの管理社会論のど真ん中で生きているというのにドゥルーズの指摘したとおりの袋小路に迷い込んでいて、しかも彼は管理社会をどう生きたらいいかということはまったく残していないので、結局解決方法はわれわれで考えなければならない、というような発見を何回か体験できると思います。そうやって読んでいると、自然とフランス現代思想が取り組もうとしていた問題は、現代に生きるわれわれの問題だったのだという気がしています。橘玲は先の本で、「リゾーム」はフラクタルであるといっています。半世紀ほど前はわけのわからない言葉でしか表現できなかったのに、いまはちゃんと理論的な数式で表現可能となっているわけです。

ぼくが本書を読んで一番参考になったと思ったのはエピローグのところで、フランスの哲学の特徴を英語圏・ドイツ語圏の哲学と比較して「文芸的である」という捉え方が紹介されています(英語圏やドイツ語圏は「アカデミック」)。ぼく自身も大学院でアカデミズムの世界をかじった経験があって、その頃は科学哲学なんかも勉強して論理的な世界に陶酔していたわけですが、その世界から出てふと文学に目を向けると、言葉にできない人間の本質的な問題を見事に表現したりしている作品があるわけです。複雑極まりない上に誰もが専門家になってしまったこの時代に、そのような直観に語りかけようとする文芸作品はますます必要とされていると思うので、フランス哲学がめざした方向性はまちがっていなかったんじゃないかなと考えるとともに、ファッション感覚なんていってごめんなさいという謙虚な気持ちも出てきたのでした。

文章中で登場した本も紹介しておきます。

投稿者: 森野

図書館で司書をしています

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